カーボンニュートラル(=CO2の排出量と吸収量を差し引きゼロに近づけること)や脱炭素という言葉が、社会の共通目標になりました。工場のリーダーや技術者にも、CO2排出量の削減が強く求められる時代になっています。
しかし、製造の最前線からは「省エネを推し進めればすべて解決する、という単純な話ではない」という切実な声が多く聞かれます。
なぜ、工場の脱炭素はこれほどまでに難しいのでしょうか。
そこには、モノづくりの現場で日々起きている物理的な現象と、私たちが求められる品質の基準が、時にまっすぐぶつかってしまうという、板挟みの問題があるからです。
なぜ工場は、これほどエネルギーを使うのか
モノづくりの根幹にある「加熱と冷却」のプロセス
私たちの生活を支える自動車の部品、スマートフォンの半導体、あるいは身近な食品にいたるまで、ほぼすべての製品は、素材を「加熱し、冷やす」という工程を経て完成します。
金属を理想の硬さに仕上げたり、化学反応を安全に進めたりするために、工場では巨大な炉やボイラーを使って、非常に精密な温度管理を行っています。
工場が大量のエネルギー(電気やガス)を消費するのは、この「熱」を生み出し、保ち続けるためです。
環境対策のために「品質」を妥協できないという、絶対に譲れないこと
ここで製造現場が直面する最初の壁が、「品質」とのバランスです。
例えば、熱処理を行う炉の温度設定を省エネのために少しでも下げたり、加熱時間を短縮したりすれば、製品の強度や性能は大きく変わってしまいます。
最悪の場合、すべてが不良品になってしまうリスクすらあります。
モノづくりの世界において、品質を守ることは絶対に譲れないことです。
環境のための取り組みを進めるとしても、そのために品質を犠牲にすることはできません。品質を落としてしまえば、企業としての信頼を失うことになるからです。
「逃げていく熱」をどう抑えるか
温度が高いところから低いところへ移動する、熱の性質
次に、熱というエネルギーそのものの性質が、問題をさらに難しくします。
物理の基本原則として、熱は「温度が高いところから低いところへ移動する」という性質を持っています。
工場の中でどんなに効率よく熱を生み出しても、熱は設備の壁や配管、あるいは製品を出し入れする開口部から、絶えず外へ逃げ出していこうとします。
どこから、どれだけ漏れているかが見えない難しさ
どれだけ優れた断熱材(=熱を伝わりにくくする材料)を使っても、熱の流出を完全にゼロにすることはできません。
さらに厄介なのは、「どこから、どれだけの熱が漏れているか」という現象が、肉眼では捉えきれないという点です。
これまで、こうした熱の逃げ道や空間の温度ムラは、現場のエンジニアたちの長年の経験や「勘」を頼りに推測され、対策が打たれてきました。
しかし、より厳格な脱炭素が求められる現在では、そうした個人の感覚だけに頼った運用では、限界を迎えつつあります。
「測る」ことが解決の第一歩になる理由
現場の「なんとなく」を「正確なデータ」に変える意味
この難しい問題を乗り越えるために、今、先進的な工場が取り組んでいるのが、熱の動きを「目に見える形にすること」です。
工場の中で温度が時間とともにどう変化し、どこの隙間から熱が逃げているのか。その目に見えない動きを、最新の計測技術を使って客観的な「数値(データ)」として記録します。
現場の「なんとなく熱い気がする」を正確なデータに変えることで、初めて、データをもとに考えるやり方ができるようになります。
技術で、プロセスを最適化する
物理的な根拠がデータとして分かれば、「この場所の断熱を強化すべきだ」「このタイミングなら、品質を落とさずに燃料をこれだけ絞れる」といった、具体的な最適解が見えてきます。
脱炭素とは、単にエネルギーの使用を制限して我慢することではありません。
「熱を逃がさない」「必要な分だけを必要な場所に使う」というように、熱を細かく調整することを追求し、今ある設備が持つ本来の能力を最大限に引き出すこと。それこそが、本当の意味でCO2を減らす道なのです。
目に見えない熱の動きを正確に測り、データに基づいてプロセスを改善する。
地道ではありますが、この「測る」というステップこそが、品質と環境を両立させる出発点になります。
これからの工場には、より深く、正確に現象を見つめる視点が求められているのです。